-大宮東口の南銀座はあらゆるエネルギーを受け入れながら、日々変化している-
    
  今回は、昭和37年〜からの思い出を


 期末試験が終わった。
結果はともかく、心は晴れ晴れ、見上げる空は限りなく青い。
そこで、クラスメイトと南銀座通りのオリンピア劇場に映画・『風と共に去りぬ』を観にいく。
 

主人公はアメリカ南部の上流家庭で育った娘、スカーレット。
だが、南北戦争の敗北の結果、スカーレットに残されたのは、
放心状態の家族、
フレヤーのたっぷりと入る彼女のスカートにすがりつき
泣き崩れる使用人、
そして、荒れた土地。


不幸のどん底に置かれた彼女。
一人途方にくれながら、泣いた。
涙が枯れるまで・・・泣いた。

そして、疲れはてた彼女は、片方の眉毛をキッと上げ、故郷の地に言うのである。
―私には明日がある―

このとき彼女は十九歳。何と凛々しいことか。
―私には明日がある―
 ―私には明日がある―



オリンピア劇場を後に、南銀座を行く私の耳に、
スカーレットの言葉がこだましていた。
彼女は、富という幸せを失った。だが、強靭な精神力が残されていた。
何と素晴らしいことだろう。

私はクラスメイトに言った。
「あのジューク・ボックスで『風とともに去りぬ』のテーマ曲を聴いていかない?」
 
私は白鳥座の入り口に置かれたジューク・ボックスに硬貨を入れ、
『風とともに去りぬ』のテーマ曲の番号を押した。
ビッシリと並ぶレコードの上を半円形の金属の爪が滑りはじめる。
金属の爪は、何度か戸惑う様子を見せるが、目的のレコードの前でピタリと止まる。
その瞬間、私の心は何故かときめくのである。



「黒髪と凛々しい眉と眼、意思の強そうな唇。ヴィヴィアン・リーは適役ね」
  「それにしても、『風とともに去りぬ』の映画は、第二次世界大戦が始まった年に完成したのよ」
「日本はそんなお金持ちの国と戦争したのね。度胸があるといおうか・・」
「南北戦争の結果、奴隷制が廃止になった・・・」
「いつか将来、黒人が大統領になる時代が来るかもしれないわね」

スカーレットは心の底から絞りだすように
ー私には明日があるーと言った。
その台詞は多くの人に勇気を与えたに違いない。

人々に希望を与える言葉・・・映画・・・どん底にいる人々に力を与える映画・・・
私の記憶の水晶体は、遠い場面を求め屈折し始めた。
はるか遠い時間・・・薄絹を通すようにぼやけてしまった子どものころの記憶・・・
あれは・・・昭和26年頃・・・季節は夏。



私は大宮駅前で行われる街頭映画会に行くため「見晴らし通り」を走っていた。
美人の店員さんがいる浜長化粧品。
美人の娘さんが働くので大繁盛の魚一。
ムービー大宮のポスターが貼ってある自転車預り所。
今日はジェ−ン・ラッセルが笑っている。けれど、笑いが変に歪んでいる。
なぜか・・私は想像できる。
それは・・・うどん粉でつくったドロドロの糊を、乱暴にポスターにのばしたから。
それと、前のポスターをはがさないでジェ−ン・ラッセルのポスターを貼ったから。

野口床屋の湯気の匂い。
セーターを編んでもらう店。
そろばん塾がある路地。
しっかりと確認しながら駅へと走る・・・
・・と。大宮駅前に出た。

布団の敷布の倍ほどある布のスクリーンが風に膨らみバタバタと音を立てている。
そこに写されたのは、第二次世界大戦で無残な姿となった街や人の姿だった・・・。
敗戦国民を勇気づける言葉は勿論、
泥沼に沈んだ敗戦国民の心を引き上げるロープの影さえ無かった。
 

−私には明日がある−
という一言があればよかったのに・・・

白鳥座の入り口に置かれたジューク・ボックスに寄りかかり
『風とともに去りぬ』のテーマ曲を聴きながら
−私には明日がある−
という言葉を思う私の視線が数人の男性をとらえた。
肩を左右に揺らし南銀座を行く白いスーツ姿。
中心にいる顔に見覚えがあった。


私の耳もとでクラスメイトが言った。
「ねえ。ああいう人がいるところに住んでいて、怖くない?」
「別に・・・それよりも−私には明日がある−・・・勇気をあたえてくれるわね」と私。

−私には明日がある−
という言葉に感動していたその時の私は、その後、1930年代に
各地で強盗を繰り返したクライド・バロウとボニー・バーカーの実話が
「俺たちに明日はない」
というタイトルで上映されるなど夢にも思わなかったのである。

ー俺たちに明日はないー
  



そして、時は果てしなく流れ・・・。
「俺たちに明日はない」という言葉が
しみじみと胸を刺す年齢となってしまった・・のである・・・。



今までのつぶやきはこちらから⇒  







さいたま市公式Webサイト  さいたま市の天気予報   さいたま模様Topへ
Copyright(c)2008 Essay of Tomoko Yamada.All Rights Reserved.