レッカー車が私の家の窓をなぞるよう方向転換をはじめた。
その状況を私はジッと見つめる。
なぜなら・・・

以前、左折してきた工事のトラックが我が家の屋根を破壊したからである。

運転手はコールマン髭を生やしている。
こんな運転手では、ますます危ない。

だが、

屋根を見上げるコールマン髭の運転手の顔には余分な肉が無い.
実に丹精で精悍な顔である。
さらに、バックミラーに向ける眼の白目はスッキリと白く、瞳は墨汁のように黒い。

その運転手はガラス越しに私が見上げていることなど知らずに、
ハンドルを操作し巧みに方向転換を終えた。

さて、これからバックで細い通路に入っていくのだが大丈夫だろうか。
その路地は私が立つガラス窓の真正面に位置している。
だから私には、バックで通路に入っていく車の左右の空きが
定規で図るように見えるのだ。

「右・オーライ」「左・オーライ」
と叫んで上げたいほど、しっかりと見えるのだ。

コールマン髭の運転手はギリギリの通路にバックで入るため
左右のバックミラーを見ながら慎重に車を操り始めた。

右のミラーが壁を擦りそうだ!
左も余裕が無い。
「さあ、コールマン髭。どうする?」

と、私が思ったその時、右のミラーがススッと閉じられた。
その手があったのか!

「凄い!」

すると、コールマン髭の助手は左ミラーだけということ?
だが、
彼は左ミラーだけを頼りに、左壁擦れすれにバックし続けた。
「左に行き過ぎる!右をよく見て!」
と、私が思ったそのとき、右のミラーがススッと開かれた。

「凄い!」

だが、次はどうする!

見続ける私の心配をよそに、レッカー車はバックで入り抜けた。

何と巧みな運転であることよ!

そのとき私は思い出した。
飛騨高山のスーパー林道白山越え?だったか名前を忘れたが、
ギリギリの山道を大型バスを巧みに走らせた運転手のことをー。


わたしの座席の窓の下は断崖絶壁であった。
私は思った。
断崖を覗き込むようなことを、決してしてはならないと。
なぜなら、私の体重がバスを断崖に突き落とすことになるかもしれないからだ。

だから、あの時の私は山側に体重をかけて踏ん張っていた。




やがて、コールマン髭は作業を終えたのだろう。、
レッカー車がゆっくりと通路から出て来た。
左のミラーを閉じ細い空間を抜けて。

わたしは感動していた。

何と美しい運転なのだろうか!と。



巧みな技術はすべて美しい。

山田とも子=つぶやき
読売新聞埼玉版 「ほのぼの@タウン」さいたま市レポート集 
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