遅すぎる!といわれるかもしれないが・・・・
神風特別攻撃隊・・・略称、神風特攻隊が飛び立った鹿児島県南九州市知覧町を訪れた。

神風特攻隊は、米軍のフィリピン上陸に対抗するために1944年に編成された航空部隊である。

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)。
悪化するばかりの日本の戦局を救うために・・・いや、救えないことを承知で、
命を差し出し、空母などに体当たりの攻撃をした、
純真で優秀な日本の若人の記録が保存されていた。




日本のために命を捧げた若人が残していった遺品や関係資料。
笑顔の中にも緊張した表情を秘めた彼らの写真は、60年以上経った今でも神々しい光りを放っていた。
純真な心を持った青年。日本のために必要だった優秀な若人。

一瞬で消える命になると知りながら、命を捨てることを勇気のごとく扇動したのはだれか。
片道切符、天国への切符しか渡さないことを考えたのは誰か!

涙で写真がぼやけはじめたため、思わず写真から視線をそらしていた。
だが逸らした私の視線がとらえたのは、写真を見上げながら溢れる涙をぬぐう娘さんだった。

もう・・・今後は、清い心を持った優秀な若人を騙してはいけない。
まずは、権力を謳歌できる人間が、一番に飛び立つことだ。
策略を考えた権力の関係者、親族が一番先頭で飛び立つことだ。

権力者として国を率いたいなら・・・国民から尊敬されたいなら・・・
アネハ鶴のヒマラヤ越えから学ぶと良い