山ア泰生 ドンケペル さいたま市の才能 BGM挿入・・

ご存知でしたか?「南銀座通り」が「見晴らし通り」と呼ばれていたころを・・。この地域が大宮仲町というその町名のとおり、商業銀行や大宮では初めての木造三階建ての旅館や織物の中継ぎ屋、歯医者、内科、精神科の医院が建ち並ぶ大宮のメインストリートだったのです。今の大宮行政センターが南銀座通りから左突き当たりに位置し、さらに大宮の経済の重要な位置にあった片倉製糸工場の「片倉新道」も、この通りから入っていきます。とにもかくにも、大宮の一等地だったのです。 平成17年4月20日読売新聞に南銀座通りのことが掲載されました
読売新聞社この街に生きる《南銀
  
当時(明治から大正、戦前)この通りに仕事場を構える業者は飛ぶ鳥を落とす勢いでした。何しろ・・東北線、高崎線で大宮に運ばせた商売用の資材を、さらに鉄道から引込み線を仕事場まで引いていたのですから・・・・今の時代では不可能。そこで・・明治の初めから、この通りで商売を営む4代目の方をお招きいたしました
南銀座通りアイスビルオーナー

雑誌「大宮」
発行人
ドンケペルの名でエッセイを書く
小学校PTA会長、NPO事業、地域役員、カウンセラー、警察関係、市民会議,への参加、まちづくりなど、さまざまなことで、多忙な日々を送っている。
大宮で初のライオンズクラブ結成、
初のタウン誌「おおみや」発行、飲食店組合結成、祭友会結成、仲友会結成、南銀座の命名、そのほか大宮の曙時代の中心人物、山ア嘉一さんのご長男。
 お客様は山ア泰生さんです
エッセイストそしてカウンセラーとして執筆中.ペンネームはドン・ケペルです。さらに2004年は大宮小学校PTA会長も・・・は

◎アイス・ビル
へのお問い合わせは

     048-644-0111

EPILOGUE
私の周囲には、清々しい精神を保っている男性が多い。彼らは季節がうつり、どれほど年月がめぐろうと、なだらかな丘を走る風のように爽やかなのである。加齢とともに蓄積されがちな「脂」や「埃」をまったく感じさせないのである。勿論、今日のお客様も「爽やか系」・・・。なので、夢と希望に満ち満ちた「虹の彼方」の話題が多い方・・・美しく消えてしまう虹の向こうの・・・いや、侮ってはいけない。青葉のころの強い風を「青嵐」と呼ぶように、彼らの清爽なる精神は、「台風」のように激しいかもしれない。

「さいたま模様」privacy&policy  メニューページへ  さトップへ

今現在の活力は?。象の色。背負う文字。想像力で測る!


wave 山田とも子 上尾市 山田整体ハリ治療院 さいたま模様 ripple咲耶  山田雄一郎のリハビリ